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2006年10月 5日 (木)

BTOU2006レポート ETAP2(8月8日) その3

2時間迷った末、やっとオンコースを見つけ、遅れを取り戻すかのようにペースを上げた。
分岐も少なく、路面も固い土か砂利が主であり、前半苦しめられたクレパスも無い走りやすい路面は、2時間さまよって疲労した身にとっては、非常にありがたかった。

コースは山岳に入り、峠を何度も越えて行く。
緑に覆われた平地から高度を上げると、徐々にガレが目立ってくる。
峠がガレのピークで、峠から高度を落とすと、また緑の平原に入っていく。
モンゴルの山は木が無く、緑は草などの低いものばかりだ。
そのため、山の表面は、灰色や茶色の地面に緑のパウダーをまぶしたように見え、なぜかリアリティが無い。
日本の、木が生い茂る変化に満ちた山々を見慣れた自分にとっては、映画館の画面の中の景色のように、現実感が不足している。
さらに、視界に人工物が無く、峠の頂上からは平野部と山の織り成すパノラマが、わずかに霞がかかったような中途半端な現実感で目に飛び込むので、だんだん自分があいまいな空間に溶けていくような気がしてくる。

峠を上ると、数キロ先に見える山の稜線のさらに向こうに、緑の平原が見えた。しかし、その平原にたどり着いても、そこにも人間の痕跡は少ないことが想像でき、孤独感が増していく。
いつも聞こえるのは、エンジン音と、マシンがギャップを拾う音のみで、感覚がどんどん純化され、走りのリズムも流れるように穏やかなものになっていく。

途中、若干サンディーな路面になるが、それも短く終わり、順調に距離を稼いでいく。

255キロ地点の峠が近づく。
視界をふさぐように正面の現れた大きな山の稜線の凹部を見据え、山を巻くように上っていくピストを駆け上がり、峠に近づいていく。
峠を越えると、そこは大きなガレが散乱する路面で、木の緩みからか低速でスリップダウンを起こす。
フロントを低くして横たわるバイクを起こそうとバイクに近づき、ふと進む先の平野を見ると、ピストの脇に人だかりが出来ている。
参加者でもトラブっているのだろうか。
ともかく、何とかバイクを建て直し、きっと見ていたであろう人々の前に入っていくことのバツの悪さを感じながら峠を下っていった。

平地に降りると、10名ほどのモンゴル人が、参加者らしき人を囲んでいた。
通り抜けざまに、参加者に手を振られたのだが、誰だか今でも思い出せない。

時間を見ると、14時50分になっていた。
この日のRCPの閉鎖は17時。
本日は、RCP以降200キロの行程を残す。
日が沈むまでにゴールしようと考えれば、昨日の平均速度を50kmとして、RCP以降の走行時間は4時間。つまり、RCP出発を17時前にしなければならない。
RCPでは、1時間の休憩が義務付けられるので、到着は遅くても16時。

RCP迄、のこり30キロを1時間10分で走行すれば良い。

先ほどの村で失った2時間は、胃に穴を開けるくらい苦しい損失だったが、まだ焦る必要は無い。
村を脱出するまでに感じていたプレッシャーは徐々に消え、ようやく事態をコントロールできる自信が戻ってきていた。

260キロ付近で#25 DJEBELに乗る大島さんをパスする。
ラリーを淡々と消化する大島さんのスタイルは、まさにDJEBELのイメージのままだった。

270キロで山岳はいったん終わり、平地が続くようになる。
路面の土は、灰色から明るい茶色に変わり、それに伴い周りの緑も生き生きとし始めた。
やがて、視界の向こうに、小さく村が見え始め、どんどん近づいてくる。

15時38分。RCP到着。
とりあえず、計画の16時より早く入れたことに安心する。
チェックカードをオフィシャルに渡すと、「後方に誰がいるか分かるか」と質問があった。
取り合えず、#25を抜いてきたことと、もう一人参加者がいたが誰か分からないこと、カブはまだまだ後方だろうということを伝え、ガス給油に向かう。

Fh0030


ガス給油を終え、広場にバイクを止めると、#23渡辺さんと#33桑島さんが休んでいた。
桑島さんとは170キロ地点の村であっているが、彼女は早々に脱出し、自分は迷いつづけてこの時間になっていた。

渡辺さんは、モンゴル語の会話集を片手に、少女と会話を楽しんでいた。
自分も仲間に入れてもらい、単語で会話を始める。
話しながら、腹がすいたのでランチパックを開け、パンをほおばる。
少女に片言で、「食べる?」と聞きながらお菓子を差し出すが、照れがあるのか受け取らない。
かわりに、ヘルメットに興味を示したので、被らせてゴーグルを渡す。
少女は楽しそうに、ゴーグル越しに笑みを見せた。

一緒にいた男性は、少女の父だろうか・・・。バイクに興味があるらしく、しきりにXRを見ている。
「これはホンダか」「これは、なんだ?(ICOを指さして)」等、なんとなく質問が分かったので、適当に身振りを交えて答える。
やがて、「乗せてほしい・・・ほんの少し・・・この広場を一周」といい始め、「ゆっくりなら」とエンジンをかけてマシンを渡した。
彼はゆっくりと、広場を小さく一周し、満足げにバイクを降りた。
「これは、何速だ・・・・シフトパターンは」と聞いているようなので、「1ダウン5アップ」を身振りで示すと、「自分たちのバイクは、逆だ」と言っているようだった。
まさか、ロシアンバイクは逆チェンジなのか。

彼とは笑顔で別れたが、その後オフィシャルに「最近モンゴル人も悪いやつが増えてきたから、安易にバイクを渡さないほうが良い」という忠告を受け、反省した。

そうこうしていると、なぜかゴールへの進行方向から、#22荒木さんが戻ってきた。
ガソリンスタンドにバイクを止め、あわてて何かを探している。
オフィシャルが声をかけると「タンクキャップのパッキンを無くした」とのこと。
走行中に、大量にガスがキャップ部分から漏れ始め、異常に気付いたらしい。
しばらく探すが見つからず、RCPにいた面々が知恵を絞り、とりあえずビニールか紙をかましてパッキンにするという案をだし、実行しようとしていたところ、馬に乗ったモンゴル人が、パッキンがあったと声をかけてきた。
荒木さんにとっては奇跡のような瞬間だっただろう。
急いでパッキンを取り付けた荒木さんは、ゴールに向かって再発進をしていった。

その後、#33桑島さん、#23渡辺さんの順で休憩を終え、スタート。
そして、16時38分。
残り200キロを4時間というオーダーを抱え、RCPを後にした。

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コメント

どうもー。あの女の子の名前はツルントトンっていうんです。面白い名前だと思い、その後ゾーモッドに来ていた若者に「普通にある名前ですか?」と聞いてみたら、田舎の名前だなあと笑っていましたよ。
ロシアンバイク、ETAP9のビバークで頼み込んで50メートルだけ乗せてもらった「イーチ・プラネタ5」は、逆チェンジでした。何速かはわからなかったけど、ズッパンズッパンとタメのある点火タイミングの2ストエンジンと驚くほどの低重心で、転ぶ気がしない、不思議なバイクでした。皆それを大切にい乗っていましたね。

投稿: nao | 2006年10月10日 (火) 10時38分

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